研究
TL;DR
研究テーマ: 人間の思考と学習を最適化するための知的学習支援システムの開発
中心課題: 汎用性(様々な分野に適用可能)と適用性(各分野の特性に最適化)の間に存在するトレードオフを解決すること
解決アプローチ: 人間の思考とコンピュータ処理を橋渡しする「中間表現」の創造により,支援技術および思考スキル両者の分野間転移を実現
4つの研究プロジェクト:
- CHUNK: 知識転移のための中間表現(機能–振舞い–構造の三層モデル)
- CLOVER: 学習プロセス最適化のための中間表現(エラーから効果的に学ぶ仕組み)
- OCEAN: 学習環境適応のための中間表現(個人の認知・動機・目標を統合)
- CCS: 教育システム設計のための中間表現(設計知の共有を可能にする共通語彙)
期待される成果: 一つのシステムで作った支援技術や,一つの分野で身につけた思考スキルを,他の分野でも活かせる,真の意味での汎用的学習支援の実現
研究概要(Overview)
このページは,私の研究プロジェクトを整理し, 人間の思考と学習の最適化のための汎用性と適用性を重視した知的学習支援システムの開発 という壮大なビジョンのもと,取り組んでいるテーマをご紹介するものです.
このビジョンは,以下の究極の問いから始まります:
「人がより良く学び,考え,成長するためには何が必要か?」
この問いを解明する上で最も重要な課題は, 汎用性と適用性の間に存在するトレードオフ です.例えば,数学専用の学習システムは数学には効果的ですが,その技術をプログラミングや語学には使えません.
しかし問題はそれだけではありません. 技術的に領域間を転移できないということは, 数学で身につけた論理的思考をプログラミングに活かしたり,プログラミングで培った構造化思考を作文に応用したりするような,汎用的な思考スキルの獲得と転移を支援することも困難 なのです. 一方,あらゆる分野に対応できるシステムは,個別の分野の特性を活かした細やかな支援や,深い思考スキルの育成を提供するのが困難です.
私の研究の核心は,この二つの間を繋ぐ 「中間表現(medium)」を橋渡しとして創造すること にあります. つまり, 人間の学び方や考え方の共通パターンを見つけ出し,それをコンピュータで扱える形に表現する ことで,様々な分野に応用できながらも,それぞれの分野の特性に合わせた支援を提供できるシステムの実現を目指しています.これにより,学習者が一つの分野で身につけた思考スキルや問題解決アプローチを,他の分野でも活かせるようなシームレスな学習支援が可能になります.
このページでは,私の研究の基盤,中心的なテーマ,そしてそれらを支えるプロジェクトをご案内します.
研究の基盤となる考え方とアプローチ
なぜ「中間表現」が重要なのか
従来の学習支援システムの多くは,学習者の理解状態を統計的に推定することにフォーカスしており, 学習者がどのように考え,なぜその答えに至ったかという「思考の中身」を深く理解しようとしません .
しかし,本当に効果的な学習支援を実現するためには:
- 学習者の思考プロセスの本質を理解する:なぜつまずくのか,どこで理解が曖昧になるのかを把握
- 異なる分野でも使える共通の仕組みを設計する:数学で有効だった支援方法を,プログラミングや物理にも応用
- コンピュータで処理できる形で表現する:人間の複雑な思考を,システムが理解・活用できる形に変換
これらを実現するのが 「中間表現」 です.これは,人間の思考とコンピュータの処理の間に位置する「翻訳機」のような役割を果たします.
計算可能で可搬なフレームワークの設計
学びや思考を領域を超えて最適化するためには, 抽象化しすぎず,具体的で実用的なフレームワーク が必要です.つまり:
- 計算可能:コンピュータが処理でき,リアルタイムで学習支援に活用できる
- 可搬:ある分野で開発した仕組みを,他の分野にも適用・応用できる
- 具体的:学習者の実際の思考プロセスや知識構造を反映している
例えば,「学習者の理解度は0.7です」といった統計的な情報だけでは,その学習者をどのように支援すればよいかは不明瞭です. そのような把握の仕方ではなく,「この学習者は変数の概念は理解しているが,ループ処理で混乱している」「基本的な計算はできるが,文章問題になると式を立てられない」といった, 具体的で意味のある情報 をシステムが扱えるようにすることが重要です.
三層構造による研究アプローチ
私の研究は,以下の三層構造で実現されます:
人間の思考・学習 → 中間表現(翻訳・変換) → コンピュータによる支援
- 人間の思考・学習の理解:認知科学,教育心理学,学習科学により,学習者がどのように考え,学ぶかを詳細に分析
- 中間表現の設計:人間の思考を,意味を保ったままコンピュータで処理できる形に変換する仕組みを開発
- システムによる支援:中間表現を活用して,個人に最適化された学習支援を自動的に提供
研究の主要要素
思考プロセスの解明: 学習者がどのように問題を理解し,解決策を考え,実行するかを詳細に分析します.
知識構造の設計: 学習内容を,学習者にとって理解しやすく,システムにとって処理しやすい形で整理・構造化します.
学習活動の最適化: 学習者の認知特性や理解状況に応じて,最も効果的な学習活動を動的に設計・提供します.
インテリジェントな支援システム: 上記の知見を統合し,リアルタイムで個人に最適化された学習支援を提供するシステムを開発します.
これらを統合することで,学習者が本質的な学びに集中できる環境を作り上げることを目指しています.
関連分野とその融合
私の研究は,「認知科学」や「知識工学」といった学際的な分野を横断しています.
各分野が中間表現の設計にどのように関わっているのか,いくつかのキーワードでご紹介します:
- 科学:人間の認知や学習の本質を理解するための理論(例:認知科学,認知心理学,教育心理学,学習科学,精神物理学)
- 工学:中間表現を実装し活用するための技術(例:知識工学,学習工学,応用オントロジー/オントロジー工学,人工知能,コンピュータ科学,教育技術,ヒューマンコンピュータインタラクション)
- 哲学:中間表現の設計原理や概念的基盤(例:構成主義,表象主義,操作主義,モデル駆動,analysis-by-synthesis)
各研究プロジェクト
私の研究は,博士論文で確立した 「情報構造指向アプローチに基づく知的学習支援システムの汎化」 を基盤として発展しています.博士論文では,学習内容を構成要素に分節化し計算機可読な状態で記述する「情報構造指向」と呼ばれるアプローチを成熟していない学習領域へ適用する方法や,そのアプローチに基づくシステムを再利用したり高次能力支援に拡張する方法を新たに提案しました.
現在の研究では,この基盤をさらに発展させ, 人間の思考・学習の本質的パターンを「中間表現」として捉える ことで,汎用性と適用性のトレードオフを解決する新たなアプローチを探求しています.以下の4つのプロジェクトは,それぞれ異なる角度から「中間表現」の概念を具体化し,私の研究ビジョンに貢献しています.
CHUNK:知識転移のための中間表現
(Componentization of Human Understanding and Knowledge)
研究の背景と本質的な問題
学習においてスキルを身につけても,それを他の場面で活用できないという問題があります.例えば,プログラミングで「forループ」を理解しても,実際の問題解決では使えない,数学で証明方法を覚えても応用問題では使えない,といった状況です.
この問題の本質は,学習者が 表面的な手続きの暗記 に留まり, なぜその手続きが機能するのか(振舞い) を理解していないことにあります.私の博士研究では,約80%の学習者が習得したサブゴール(再利用可能な手続き)を新しい問題に適用できなかったことが判明しており,これが研究の出発点となりました.
中間表現による解決アプローチ
CHUNKプロジェクトでは,知識を「 機能–振舞い–構造 」の三層で表現する中間表現を開発しています.これは博士論文で確立した情報構造指向アプローチを発展させたもので,以下の特徴を持ちます:
- 機能:その知識が「何のために」使われるか(目的)
- 振舞い:その知識が「どのように」動作するか(実行過程)
- 構造:その知識が「どのような」手続きで構成されるか(実装)
例えば,プログラミングの「配列処理」というサブゴールには:
- 機能:複数のデータに同じ処理を適用する
- 振舞い:インデックスを順次変更しながら各要素にアクセス
- 構造:forループ + 配列アクセス + 処理内容
という情報が構造化されて含まれます.
具体的な研究テーマ
BROCs(Building method that Realizes Organizing Components)
プログラミングにおける知識組織化のための部品の段階的拡張手法です.(1) 基本要素(代入文,if文など)を組み合わせて小さな機能(swap等)を作成し,(2) すでに作成した部品を組み合わせてより大きな機能(sort等)を作成するという2つのステップを繰り返すことで,学習者が部品を段階的に構造化・蓄積できる学習手法です.
BEAR(Educational Behavior Analyzer of Source Code for Understanding Behavior Model)
学習者のソースコードの振舞い理解を支援する教育用行動分析器です.ソースコードとデータセット生成規則を受け取り,ルールベースでランダムなデータセットを生成します.生成されたデータセットをソースコードに与えることで,各行の実行に対応する変数状態の変化を分析・可視化し,学習者が振舞いモデルを理解できるよう支援します.
Compogram
上記の仕組みを統合し,学習者が「振舞い」を理解しながらサブゴールを段階的に獲得できる学習環境を提供します.BROCsの段階的拡張手法とBEARの振舞い分析機能を組み合わせ,表面的な暗記ではなく深い理解に基づく知識獲得を支援します.本研究では,ある問題解決で学んだ部品的な知識を新規な状況で応用する力を「サブゴール柔軟性(Subgoal Flexibility)」として提唱し,この獲得を支援します.
ビジョンとの関係
CHUNKプロジェクトは,研究ビジョンの 汎用性と適用性のトレードオフ解決 という核心に直接貢献しています.
従来のプログラミング教育システムはプログラミングにのみ特化しており,そこで身につけた思考スキルを他の分野で活用することは困難でした.しかし,CHUNKが開発する「機能–振舞い–構造」による中間表現は,プログラミングだけでなく,問題解決過程における「問題を部品に分解し段階的に組み立てる思考」を,数学の証明構築,作文の論理構成,研究計画の設計など,あらゆる構造的思考が必要な場面に転移可能にする可能性を示しています.
この研究により,学習者は一つの分野での学びを他の分野でも活かせるようになり,真の意味での 思考スキルの転移 の実現が期待されます.これは私の研究ビジョンである「人間の思考と学習の最適化」の基盤となる重要なテーマです.
CLOVER:学習プロセス最適化のための中間表現
(Computational Learning Optimization with Variform External Representations)
研究の背景と本質的な問題
学習において「エラー」や「失敗」は避けるべきものと考えられがちですが,実際にはエラーには学習者の思考プロセスや理解の曖昧さが現れており,貴重な学習情報が詰まっています.しかし,従来のシステムは「正解/不正解」の判定に留まり,エラーから効果的に学ぶ支援ができていませんでした.
中間表現による解決アプローチ
CLOVERプロジェクトでは, 学習者の解答を効果的な外的表現に適応的に変換する「変換モデル」 を中間表現として開発しています.これは20年以上継続研究されてきた「誤りの可視化(Error-visualization)」技術を基盤とし,Multiple External Representation(MER)の考え方を組み合わせた統合的な研究枠組みです.
誤りの可視化 の核心は,学習者の解答に直接的なフィードバックや修正を与えるのではなく, 多様な外的表現(言語・図・数式・表・グラフなど)の選択肢の中から最適な可視化表現を選択して変換 することで,学習者が「思っていたのと違う」「正解とは違う」ことに自発的に気づかせ,さらにその知識の深い修正を動機付ける認知的葛藤(cognitive conflict)を生起させることにあります.
よって,CLOVERの中間表現である「変換モデル」は,以下の3つの機能を含みます:
- 適応的選択:学習者の解答の性質に応じて最適な外的表現を選択
- 効果的変換:認知的葛藤を生起しやすい可視化表現を生成
- 自発的修正:直接的なフィードバックではなく,学習者の内発的な誤り修正を促進
この変換プロセスを構築することで,同じ「間違った答え」でも,学習者の理解状況に応じて最適な可視化支援を提供することが期待されます.
具体的な研究テーマ
EBS(Error-based Simulation)
20年以上継続的に研究されてきた誤りの可視化を用いたシミュレーション型学習環境です.学習者の解答を「もしもその解答が正しいとしたら生起する現象」というシミュレーション表現に変換して提示し,試行錯誤による学習を促します.特に力学を対象とした研究では,行き詰まり状況で適応的に補助問題を提示し,学習者自身が誤りに気づけるよう支援します.
TAME(Teachable Agent Modeling for Error-visualization)
Teachable Agentを「学習者による仮説検証のためのシミュレータ」として活用し,誤りの可視化技術を用いて学びを深めるアプローチです.「学習課題で学ぶべきルール」を入力することで,学習者がTeachable Agentの挙動を解釈・探索可能になるような制御の実現を目指しています.
ELMER(Explainable Model for Learning from Errors with Multiple External Representations)
観察困難な概念の習得における探索的学習を支援するため,観察可能なフィードバックを設計するフレームワークです.抽象概念を複数の観察可能な外的表現(Multiple External Representations)に変換することで,エラーの認識と修正を促進し,探索的学習を広範囲に適用可能にします.
ビジョンとの関係
CLOVERプロジェクトは,研究ビジョンの 学習プロセスの最適化 という側面の実現を目指しています.
従来の学習支援では,エラーは避けるべき「失敗」として扱われ,学習者もエラーを恐れる傾向がありました.しかし,CLOVERが開発する変換モデルにより,エラーは「学習の宝庫」として活用されるようになります.物理実験での予想外の結果,数学問題での計算ミス,プログラミングでのバグ,作文での論理破綻など,すべてのエラーが学習者の理解を深める機会に変換されます.
この「エラーから学ぶ思考パターン」は,科学研究における仮説検証,デザイン思考における試作改良,芸術創作における試行錯誤など,創造的な活動すべてに共通する基本的なスキルです.CLOVERにより,学習者は エラーを恐れずに挑戦し,失敗から効果的に学び,持続的に改善する という高次の学習能力を身につけることを期待しています.
OCEAN:学習環境適応のための中間表現
(Optimizing Cognition by Engagement of Agent’s Navigation and Negotiation)
研究の背景と本質的な問題
現代の学習環境は情報過多で,学習者は「何を学ぶべきか」「どの順序で進めるべきか」「今の理解度で次に進んでよいか」といった判断に迷います.また,学習への意欲も変動し,「やりたい」と「めんどうくさい」の間で揺れ動きます.
従来のシステムは固定的な学習順序や表面的な進捗管理に留まり,個人の認知特性や動機状態に応じた柔軟な適応ができていませんでした.
中間表現による解決アプローチ
OCEANプロジェクトでは,学習者の状況を多層的に統合する中間表現を開発しています.
現代の学習環境では,大量の情報やリソースが利用可能である一方で,学習者は「何から始めればよいか」「どの順序で進めるべきか」「自分の理解度で次に進んでよいか」といった複雑な判断を迫られます.さらに,学習への動機も常に変動し,同じ課題でも時と場合によって「やりたい」と「めんどうくさい」の間で揺れ動きます.
OCEANの中間表現は,これらの複雑な要因を統合的に扱うため,以下の四層構造で学習者の状況を表現します:
- 認知層:どの概念を理解し,どこで曖昧さがあるか(知識状態の詳細把握)
- 行動層:どのような学習行動を取り,どのリソースを使用するか(学習パターンの分析)
- 動機層:学習への意欲とその変動要因(動機状態のモデル化)
- 目標層:短期的課題と長期的目標の関係(目標構造の理解)
これにより,学習者一人ひとりの認知特性,学習スタイル,動機パターン,目標設定を統合的に理解し,個人に最適化された学習環境を動的に構成することを目指しています.
具体的な研究テーマ
WHALE(Wise Helper Agent for Learning Environment)+ ARK(Action-Resource-Knowledge Model)
複数の教育ツールを統合した学習環境において,学習パス推薦を行う教育エージェントです.ARKモデルは行動シーケンス層・リソース項目層・知識グラフ層からなる多層背景モデルにより,「何を学ぶか」「何の教材を使うか」「その教材で何をするか」を包括的に推薦します.個人化された教育エージェントを通じて推薦の受容性を高めます.
CORAL(Cognitively-Recalibrated Adaptive Learning)
従来の動機研究では説明できない「めんどうくさい(Demotivated)」という感情に着目した新しい動機づけフレームワークです.MotivationとDemotivationのバランスによりWillingnessの度合いを算出し,対話型インタラクションにより学習者の内面的動機づけを分析・支援します.
ビジョンとの関係
OCEANプロジェクトは,研究ビジョンの 個人最適化された学習環境の実現 という究極的な目標に貢献します.
現代社会では情報過多により,学習者は選択肢が多すぎることで逆に迷いや混乱を経験します.また,学習への動機は複雑で変動しやすく,「今日はやる気が出ない」「この課題はめんどうくさい」といった感情的な障壁が学習を阻害します.OCEANが開発する多層統合中間表現は,これらの複雑な要因を包括的に理解し,個人に最適化された学習支援の実現を目指しています.
この「自分に最適な学習を設計し継続する思考パターン」は,学校教育を超えて,資格試験の戦略的準備,新技術の効率的習得,趣味やスポーツの上達,さらには人生設計や キャリア開発など, 生涯学習のあらゆる場面 で威力を発揮します.OCEANにより,学習者は変化する環境や自身の状況に応じて,常に最適な学習戦略を選択し,持続的な成長を実現できることを期待しています.
CCS:教育システム設計のための中間表現
(Computational Cognitive Schemas)
研究の背景と本質的な問題
学習支援システム研究では,異なるシステムが共通の問題解決スキルを扱っていても,それらを比較・参照する言語的・構造的基盤が存在しませんでした.また,課題設計と学習目標の接続が明示されることは稀で,課題が本当に目標とするスキルの獲得に寄与しているかを検討する手がかりが乏しい状況でした.
この問題の本質は, 学習支援システムの設計意図を抽象的に記述し,異なるシステム間で共通する問題解決スキルの比較や再利用を可能にする「共通語彙」が不在 であることにあります.そのため,個別システムの設計知が分断され,学習科学全体としての知見の統合が困難でした.
中間表現による解決アプローチ
CCSプロジェクトでは, 学習支援システムの設計意図を抽象的に記述する共通語彙としての中間表現 を開発しています.これは問題解決スキルを個別の実装から切り離し,操作と状態の系列として思考過程を表現するアプローチです.
従来の教育システム評価では,教育効果の定量的評価に依存していましたが,CCSは設計論的な視点から支援の妥当性を問い直す枠組みを提供します.CCSによる中間表現は以下の機能を持ちます:
- 課題整合性評価:学習課題が促す思考過程と目標スキルの構造的整合性を評価
- システム間比較:異なるドメインや課題形式のシステム間でスキル記述を比較
- 設計知共有:同型のCCSを持つシステム間での支援手法の横断的再利用
- メタ科学的統合:教育システム情報学の知見を構造的に接続・再編成
この枠組みにより,「構造を抽出し再構成する」といったスキルがプログラミング教育と文章構成支援にまたがって現れる場合でも,課題形式を超えて設計原理を共有することが期待されます.
具体的な研究テーマ
CCS(Computational Cognitive Schemas)共通語彙フレームワーク
学習支援システムの設計意図を抽象的に記述し,異なるシステム間で問題解決スキルの比較・再利用を可能にする共通語彙です.操作と状態の系列として思考過程を表現することで,ドメインや課題形式を超えた設計知の横断的活用を支援します.
同型CCS同定による設計知共有手法
異なる外見や課題内容を持つシステムが共通の認知スキーマ習得を目指している場合,それらを同型のCCSとして整理し,支援手法の横断的再利用を実現する手法です.プログラミング教育と文章構成支援など,分野を超えた設計原理の共有を可能にします.
ビジョンとの関係
CCSプロジェクトは,研究ビジョンの 汎用性と適用性のトレードオフ解決 をメタ科学的レベルで実現する基盤として貢献します.
従来の教育システム研究では,個別実践の知見が分断され,分野を超えた設計知の蓄積・再編成が困難でした.CCSが提供する共通語彙により,CHUNK,CLOVER,OCEANの各プロジェクトで開発された中間表現技術を統合的に記述し, 教育システム情報学における形式的な理論知の構築 を実現することが期待されます.
この成果は,AI時代における 設計知に基づく学習支援システムの体系的発展 の基盤となり,個別システムを超えて蓄積された設計知を活用した,より効果的な学習環境の科学的設計を可能にします.
今後の展望:AI時代の新たな可能性
現在,大規模言語モデル(LLM)の登場により,これまでの汎用性と適用性のトレードオフを根本的に解決できる新たな可能性が見えてきました.
LLMと中間表現の融合
私のこれまでの研究で構築してきた中間表現は,LLMと以下のように融合することで新たな展開が期待できます:
- 自動的な知識変換:ある分野で有効だった中間表現を,LLMが自動的に他の分野に適用できる形に変換
- 動的な個人最適化:学習者の状況変化に応じて,中間表現を基にリアルタイムで支援を調整
- 自然言語による解釈可能性:中間表現の内容や支援の根拠を,学習者が理解しやすい自然言語で説明
社会への貢献
AI時代において,人間には創造性や批判的思考,問題解決能力など,より高次な能力が求められます.私の研究により構築される中間表現基盤は,一人ひとりが自分の可能性を最大限に発揮し,生涯にわたって学び続けられる社会の実現に貢献します.
特に,思考スキルの転移,学習プロセスの最適化,個人適応学習,教育システム設計という4つの軸で開発された中間表現技術は,様々な学習文脈で活用され,人間の学習能力の根本的な向上をもたらすことが期待されます.
謝辞
この研究は,多くの同僚,学生,共同研究者との議論から生まれました.特に,師として導いて下さった以下の方々に深く感謝いたします:東本 崇仁氏,平嶋 宗氏,堀口 知也氏,緒方 広明氏,堀越 泉氏,Rwitajit Majumdar氏,H. Ulrich Hoppe氏,溝口 理一郎氏,赤倉 貴子氏.